脱サラ議員奮闘記
『あなたが動く 社会が変わる』 山根一男(岐阜県可児市議会議員)
≪実践編3≫
告示まであと10日。まだ、選挙カーを回せるメドさえたっていない。疲れ果てた心を引きずって、初めて足を踏み入れた寺。そこで、黙々と花壇の世話をする初老の男性に出遭った。
夕暮れ時、他には誰もいない。思わずあいさつをして名刺を渡そうとした。するとその男性は、君のことは知っていると言う。数日前に路上で会ったとのことだ。これはしまった…あまりにも多くの人に声をかけるもので、1度路上であいさつしたくらいでは覚えていない。でも、相手は当然覚えている。
なんとその方は、10年ほど前、民主党系の現職議員の選挙参謀をやっていたという。さらに、私が30票は確実に集めてあげるからがんばりなさいと励ましてくださった。今回はあまり応援はできないが、次回出る時は応援してあげるとも言ってくださった。地獄で仏。涙が出るほど嬉しかった。
さらに家に帰ってから朗報が続いた。いつも集金に来ている、新聞屋さんの紹介で、同じ町内に住む方から一度お会いしたい、場合によっては事務的なことを引き受けてもよい…という申し出があった。その方は、大手の会社を定年退職され、地元で小さな物産会社を営んでいる方だった。
もうひとつの朗報は、5年前大阪でCOP3(温暖化防止京都会議)の啓発イベントを一緒にやった学生達が、選挙戦3日目から最終日まで連泊して応援してくれるというのだ。電話をかけてくれた彼は、以前は関西学院大の学生だったが、今は慶応の大学院にいて、エコリーグという学生達の全国組織の代表をやっているとのことだった。
一気に光が見えてきた。かくして2002年10月14日、事務所開きを兼ねて、初めて選挙対策会議を開くことができた。メンバーは全部で8人、最初に声をかけてくれた市民派女性議員以外の人は、すべてここ1ヶ月以内に出会った方ばかりだった。三日前にお寺でお会いした方も駆けつけて来てくださった。告示まであと6日。投票日まであと13日である。
本等に綱渡りのような選挙だ。これまでの市民活動として数々のイベントをこなしてきた。ボランティアの入門講座や、市民活動の宿泊型体験講座ガイアシンフォ二ーという映画上映は7回やった。それぞれ多くのボランティアが動いてくれた。いつもなんとかやりきってきた。それが自信になっている。でも、やはり何か違う。
市民活動も、政治活動も社会をより良くしていこうという目的は一緒なのだが、どこかが違う。強いて言えば市民活動はグレーのままでもできるが、政治活動はシロかクロかはっきりしないとできない…と思った。 それと当選すれば、当然相当な収入と権力が得られるわけであるので、その点が単なるボランティア活動とは大きく異なる。
私は1994年、大阪ボランティア協会の主催する『ボランティアことはじめ講座』の第3期を受講した。それをきっかけに市民活動の醍醐味を知り、夢中になって取り組んできた。しかし、限界を感じることもあった。市民活動やボランティア活動では、せいぜい社会の数%の人しか動かしえないのではないかという危惧を強く感じていた。
世の中をより良く変えてゆくことが目的であるなら、そのために一番効率の良い方法を採るべきだ。政治なら、どんなに投票率が下がってきているとはいえ、全人口の半数以上の人が関心を持ってくれる。今回、可児市で初めて行われる選挙公報も、全世帯に配られる。それだけでも価値がある。後先を考えたらとても選挙になど立てなかっただろう。
いよいよ選挙戦に突入する。
…つづく(山根)
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