脱サラ議員奮闘記
『あなたが動く 社会が変わる』 山根一男(岐阜県可児市議会議員)
《落選編2》
落選。この二文字は覚悟していたものとはいえ重い。熱心に応援してくれた人、カンパまでくれた人、知人、家族になんと言おう。明日からどんな顔してまちを歩けばいいのか…
ほとんどお金も使い果たしてしまった。失業給付も、もうすぐ終わる。これからどうして生活していこう?そして、選挙はもうやめるのか?来年、7月の本選挙(任期満了に伴う可児市議会議員選挙)に出られるのか?
落選候補の選挙事務所は暗い。何より人が来ない。投票日の翌日は月曜日だ。看板をはずしたり、電話機の取り外し、大掃除などで猫の手も借りたいほほどであるが平日でもありほとんど身内でやった。
応援してくれた方への報告やお礼。選挙事務所の電気・ガス代、電話料金等の支払い。選挙費用の精算。その後もやることがいっぱいある。今後のことをじっくり考える時間もないが、気持ちはほぼ決まっていた。
ぶざまな負け方ならあきらめただろうが、幸い次点だった。逆に、ポッと出の新人にしてはよくがんばったという評価もいただいた。選挙に落ちた人という視線もほとんど感じることがなかった。
もう一度チャレンジしよう。7月まで約9ヶ月間、あらゆる面で苦しい日々が予想されるけれど、もともとの発端は、まずは顔を売って次ぎを狙えるようにすることだった。ここでやめたら、これまでの努力が無意味になる。
何より、まったく無名だった私に票を入れてくれた4,951人の方に申し訳ない。かならず生きた票にして返したい。それこそ、決死の覚悟で来年夏の選挙を目指そう。
実は落選が決まった翌日もその次の日も、朝は駅頭に立った。お願いするのは選挙の時だけという批判を自分も持っていたので、とにかく立って頭を下げた。こころなしか駅に向かう皆さんの反応も今までより優しかった。
選挙費用は、約154万円かかった。そのうち54万円が公的負担だ。選挙ポスター、選挙カーのレンタル代、運転手日当、ガソリン代は税金で賄われているのだ。ちなみに法定限度額は、今選挙では360万円だった。
自己資金のうち、約40万円は62人の方からの寄付金だった。過去からの友人や先生、元上司、親戚などである。支出では、選挙事務所代が約16万、電話など通信費が約10万、弁当代など食料費が13万円、ちらしや選挙はがきの印刷代が27万、看板や運動員用のブルゾンなどで12万円というところだった。
選挙が終わって約2週間後、11月15日に反省会をやった。駅の近くの喫茶店でお茶会形式、会費は350円。15人くらい来てくれた。何人かから結構厳しい言葉をいただいた。候補者として至らない点が多々あったと思う。
自分は市民派として選挙に臨んだが、駆けつけてくれた方は、必ずしもそういう方ばかりではない。60歳以上の方も多く、ばりばりの自民党選挙をやって来た方もいた。そんな方から見ると、信じられないことばかりのようだった。
だいたい反省会を会費を集めて、喫茶店でやるのがおかしいという。選挙は勝っても負けても、最後は酒や料理をふるまうのが当然らしい。でもそれは、選挙後であっても明らかな公職選挙法違反なのだ。様々な価値観を持った方が応援してくれている。それぞれ皆、思いが違う。
反省会の席で、次ぎを狙いたいということを伝えたが。必ずしも好意的な意見ばかりではなかった。私の議員としての資質を問う意見や、経済的に安定してからにしたら…という意見もあった。この日、駆けつけてくれた人のうちどのくらいの人が来年も手伝ってくれるのか、とっても不安になった。
次号につづく…
|