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テーマ《 好きな季節 》  12号(04-09-20)掲載 その2/3

    「秋の夕暮れ、公園にて」

匿名希望

 公園の広場で大げさなモーションでボールを投げたサトミが、突然こっちを振り返って聞いた。
 「おっちゃん、好きな季節っていつ?」
 わが家の愛犬がそのボールを追って全力で走る。犬の走る方向に気をとられていたわたしは不意を突かれて、「何て?」と間が抜けた返事をした。
 「おっちゃんの好きな季節はいつや! って聞いてんねん!」
 「うーん、そやなあ。やっと涼しなってきたし、秋かなあ。犬も元気やし。」

 サトミは公園で知り合った女の子、小学生の頃は毎日のように公園で待っててくれて、犬と遊んでくれた。今年は中学生になってちょっと忙しいのか、あまり顔を出さない。

 「サトミちゃんはいつが好きなん?」 こういう話は相手に振るに限る。
 「わたし秋は嫌い。夏が好き。お父さんが海水浴に連れて行ってくれるから。」

 ボールをくわえて戻ってきた犬の頭をなぜながら、サトミが答える。
 そこまで言われてやっと思い出した。夏休み前に会った時に、お父さんが別居することになって家を出て行ったと彼女から聞いていた。内緒で借金を作っていたのがお母さんにばれて「一時的に」離婚することになったとか。夏休みの海水浴がどうなるのか、とても心配していた。久しぶりに会って、まずそれを聞いてやればよかった。

 「よかったなあ、今年も連れてってもらえたんか?」
 「うん!お母さんは仕事で行かれへんかったけど、弟と三人で行って来てん。」
 犬はまたサトミが投げたボールを追っている。こちらが海水浴の話題を聞く隙も与えずサトミが続ける。
 「ほんまは秋も好きやってん。お父さん、釣りが好きで、よう海に連れて行ってくれた。そやけど、今年の秋は嫌いやねん! 運動会の練習も嫌やし。」

 おっ、やけにシリアスな方に来たな。そう思いながら、「ほんなら、おっちゃんが海を見に連れてったろか?」と思わず出そうになった言葉をとっさに呑み込んだ。
 やばい! 気を付けねば!
 『50歳の男、女子中学生を車で連れ回す』 新聞の見出しが心に浮かんだ。「男は取り調べに対して『彼女に海を見せてあげたかった』と供述しているとのこと」なんて記事が載ったら、悲しすぎる。たとえ後で誤解だったと判っても、とても近所を歩けない。よほどの大事件でもない限り「警察発表を鵜呑みにしました ごめんなさい」と新聞が謝罪記事を出したりはしてくれないだろう。ここは無難に彼女を励まさないといけない。

「そやなあ、おっちゃんがほんまに好きなんは冬やなあ。冷たい空気で気持ちが引き締まるし、おっちゃんが子供の頃は、冬だけは学校から帰ったらお母ちゃんが家にいててな、冬以外は家に誰もいてへんかった。そんな思い出もあるから冬が好きなんかも知れん。」

 ボールをくわえて戻ってきた犬をなぜながら、サトミが答える。
 「わたしとこはいつもいてへんけど…」

 犬が助け船を出してくれた。こちらを見つめて「まだ走るの?」と問いかけている。そう言えば、もうずいぶんサトミに走らされている。
 「サトミちゃん、ワンコもうへばってるで。水飲み場に連れてったって!」
 わたしが頼むと、犬を前にしてしゃがんでいたサトミは、明るい声で「ゴメン!」と言うなり、立ち上がって駆けだした。
 「お母さん残業で、わたし晩ご飯当番やねん。もう帰る。今日はオムライス作るねん! バイバイ!」

 暗くなってきた公園の広場に残されたおっちゃんと犬。
 おっちゃんが好きな季節は「冬」、ワンコもたぶん「冬」。サトミちゃんが好きな季節は...、お父さんとお母さん次第。

(匿名希望 男性)


 

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