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テーマ《 読書感想文の思い出 》  11号(04-08-20)掲載 その3/3

走るメロス、悩むウェルテル

(大阪の)少年H

 大学入試でごく自然に文学部を志望した(大阪の)少年Hは、実は読書感想文を書くのが大の苦手だった。今で言えば、いくらデータをインプットしても、まともなアウトプットが出せない、出来の悪いパソコンソフトのような状態だった。

 原因は分っている。メロスとウェルテルである。

 まだ彼が素直な少年だった中学一年生の時、一学期の国語の授業でメロスが登場した。生徒全員が教科書の「走れメロス」を読み、授業で他の生徒の読後の感想を聞き、その後で、みんなが読書感想文を書いて出すことになった。先生の指示は「人の考えを真似せず、自分が思ったことを書きなさい」だった。

 もしかして少年Hは、この大学を出たばかりの初々しい新任の女性教師にあこがれを抱いていたのかも知れない。やけに頑張って、家で何度も「走れメロス」を読み返し、太宰全集の解説やら、文庫本の解説やらを読みたくり、さあ書く段になって気が付いた。書こうとすることが、自分の考えなのか、他の生徒の意見なのか、それとも解説で読んだことなのか、まったく判らなくなっていた。それならば、誰も書いてない、誰からも聞いてないことを書くしかない。少年Hは誰の意見にも抵触しない解釈で感想文を書き上げて提出した。
「独自性」には自信があった。

 ところが評価はさんざんだった。少年Hの感想文は他の誰とも違っていたのに授業では一顧だにされず、おまけに後で先生から「君はちゃんと読めてると思ってたのに...」とまで言われてしまった。先生を失望させたことが辛かった。

 そして夏休み。国語の宿題は読書感想文。

 ほとんど遊び呆けてはいたが、メロスの続きで太宰の全集からそれなりには読んだ。京橋や片町の地名が出て来て、その位置関係がおかしいのが気になったが、結構熱中した。だけど、太宰で宿題の感想文を書いて、また先生を失望させるのが恐かった。

 2学期が始まっても、まだ宿題が書けてない。ところが、愛読の漫画雑誌の読み物ページに、長さにして4ページほどの「若きウェルテルの悩み」のダイジェストが載っていた。うまくまとまっていて、一気に読んで感動し、すっかり「本物」を読んだ気になってしまった。堂々と「若きウェルテルの悩み」の感想文を書き上げて、宿題として提出した。

 なんと、授業でみんなの前で絶賛されてしまった。

 ゲーテが誰かも知らないし、実は読んでないとは今さら言えない。話しをしたこともない文学少女が「どんな本読んだらいいか教えて」と近づいてきた時には、硬派を決め込んで逃げるしかなかった。

 幸いというべきか、種本はばれなかったが、それ以来、読書感想文を書いた記憶がない。

(大阪の)少年H


 

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