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■ 卵 ◇◆◇◆◇
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■ 黒ビ
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大阪市阿倍野区松崎町のアパート近海荘。その67号室で、男女の若者が数人、ワイワイ言いながら食事をしている。食べているのはスキヤキだったか、即席ラーメンだったか覚えていない。とにかく卵が必須条件という食事風景だった。とりあえずスキヤキということにしておこう。否、スキヤキだった。詳細はさておき、おそらくこんな感じだった。
マリコ「えっ、もう卵ないの。私、スキヤキ卵なしでは食べられへん」
よしお「おれが使ったのが最後やったわ」
たいち「マリちゃん、市場で買うてこいよ。自分が欲しいねんから」
マリコ「だれが!こんな寒い日に外へ出るかいな。でも、卵はほしい」
イッコ「エミちゃん、卵うみ!」
全員 「それええわ(爆笑)」
エミコ「ええ〜(と穏やかに笑っている)
もう、あれから30年以上経っているのに、「エミちゃん、卵うみ!」というイッコのフレーズが耳に残っている。あのノリと、幽かなエロティシズム。
「エミちゃんが死んだ」と聞いたのはいつのことだったのだろう。当時20代前半だったみんなが40歳代になってからのことだったと思う。ぼくはとくにエミちゃんと親密な人間関係を結んでいたわけではなかったので、近海荘を根城にしていた「なんだいべ(南大阪ベ平連)」が解散したあと、彼女がどこに住み、どんなふうに生計を立てていたのかよく知らなかった。その時は、聞いて、エミちゃんの暮らしぶりもわかっていたのだろうが、今ではそれも遥か記憶の彼方である。誰からエミちゃんが死んだことを聞いたのかも定かでない。
「エミちゃん、卵うみ!」
スキヤキの煮える音、哄笑、醤油と砂糖と肉汁の入り混じった旨そうな匂い、窓ガラスの曇り具合、親密な仲間どうしのことば、ことば、ことば。あの時の、あの部屋のシズル感と、なんだかヘンだが、エミちゃんがよく猫メシ(何でもご飯にぶっかける食べ方)をしていたこと、そしてあの卵顔がイッコの言葉を思い出すたびに甦る。
(黒ビ)
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