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■ 花粉が飛ぶ日
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■                  ひらたやすふみ   ◇◆◇◆◇
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 春にはいろんなものが空を飛ぶ。

 わたしが子供の頃は、小学校の校庭で毎年のように飛行蜘蛛が飛んだ。決して暑くはないポカポカ陽気の、そう風も強くない日に、銀色に輝く蜘蛛の糸があたり一面を飛んでいく。顔や髪についた糸は細すぎて手には取れず、最初は何だかわからない。そのうちに誰かが1ミリにも満たない小さな蜘蛛を見付けて、それが蜘蛛の糸だとわかる。

 大人になって、仕事で北京に行くようになると、ここでは春に柳絮(りゅうじょ)が飛ぶ。柳絮というのは綿(わた)に包まれた柳の種子で、やっぱり晩春のポカポカ陽気の陽射しをあびて輝きながら雪のように飛ぶ。それを初めて見た時に、忘れていた小学校の飛行蜘蛛を思い出した。

 高速道路ができる前は、延々と柳の街路樹が続くよく整備された一般路が空港から市内へのルートだった。まだ寒い初春の空に息吹く新緑、そして、暖かくなったら飛ぶ柳絮。北京に着くと柳の美しさに目をみはった。ところが北京の人には、柳絮は鼻や口に入るし、家の中の隅々まで侵入する迷惑なものらしい。「今日は空港からの道で柳絮がとってもきれいだった」なんて北京の人に話すと、たいていは怪訝な顔をされて、いかに迷惑しているかという説明が三倍にもなって返ってくる。あくまでこれは、短期滞在の外国人が内輪で愛でる美しさらしい。

 大阪近郊のわが家周辺で春に飛ぶのは黄砂と花粉。黄砂といっても、こちらの被害は洗濯物が少々汚れる程度で、もしかしたら近所の畑から舞い上がった砂埃もまぎれている。この時期に北京に滞在してたりすると、運がよければ、砂がびしばし空から降ってくる砂嵐に遭遇したりする。商店やレストランはあわててドアも窓もすべて閉め切り、通行人は逃げ場を求めて走り回る。うまく屋内に逃げおおせたとしても、目も鼻も口も耳も、もちろん髪も砂だらけ。短期滞在者にとってはこれも旅の趣きだけど、住んでいる人にはたまったもんじゃない。

 ところが、そんな迷惑でしかなかった黄砂にも、最近になってとんでもないスケールの効能が語られるようになってきた。黄砂が降る地帯では、土壌の酸性度が驚くほど低く、石炭を燃料としてばんばん使う都市部ですら酸性雨の被害が少ないと言う。ゴビ砂漠で巻き上げられたミネラル豊富な砂漠の砂が、偏西風によって東の一帯に巻き散らされ、空中の酸性化物質を中和し、中国大陸から日本列島にかけての広大な地域に豊富なミネラル分を綿々と供給しているらしい。

 三国志の舞台の黄土平原は言うに及ばず、砂漠から数千キロを旅したミネラル成分が日本海にも降り注ぎ、それを栄養にして、豊富なプランクトンが活性化する。そして、関西人が大好きなタイやカレイの近海魚、冬の蟹、夏の岩ガキの恵みがもたらされる。そうか! 東アジアの自然の恵みはゴビ砂漠の恩恵なんだ!なんて思うと、埃っぽい風までが貴重に思える。ただし、こういった大規模な自然現象の因果関係を実証するのはとても難しいらしい。

 もちろん春には人も飛ぶ。夢と不安を抱いての進学や就職、海外への転勤、不本意なリストラ辞令で飛ばされる人もいる。飛ばない人も春の陽気で心なしかハイになる。

 わたしと言えば、先日から花粉症で頭までがもうろうとし、風邪引きと二日酔いのダブルパンチをくらったような状態が続いている。それでもやっぱり、自然に感謝! 花粉は花粉で、飛ばねばならぬ事情がきっとあるんだろう。

                            
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