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☆★☆★
★☆★ 書く力、書く参加!
☆★
★          市民ライター通信
☆ 2009.11.20
---------------- http://f-ts.bb4u.ne.jp/~writer/  ★ 第74号★☆★
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■まいど おおきに!■
 10月、11月は平年より温かいと思っていたところ、この1週間で平年あるいは12月並みの気温になり、急激に冬の訪れを感じているところです。今年も残り1ヵ月余りとなってしまいました。こんなに時間があっという間に経ったと思うのは、私の年のせいなのか、社会が目まぐるしく動いているからなのでしょうか。

///////////////////■□■ も く じ ■□■///////////////////

【1】論・RON・ロン
    「非武装中立論」ふたたび ……………………………… thayama
【2】オバチャマは市民ライター (38)
    脳死と臓器移植とアンパンマン ……………………… オバチャマ
【3】みどりを友だちに! (4)
    菊、あれこれ ………………………………………  かざりえみこ
【4】自分史「大阪ベイエリア」(12) 大正区編 
    包丁  …………………………………………………… トミ〜さん
【5】チョットかがく(12)
    ゴミの分別収集(1)  ……………………………………… OHE
【6】福祉教育語りの会
    風を切って走る! …………………………………… 鈴木 昭二
【7】爺婆(MTFトランスジェンダー)のつぶやき(2)   ………… 有明弥
【8】からだを散歩すると(9)
    腹    ………………………………………………… 竹藪 耶桁
【9】詩
    ランボオの壺   ……………………………………… 井上 達也
【10】編集後記


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■【1】 論・RON・ロン ☆彡
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         ■ 「非武装中立論」ふたたび ■
                                        thayama

何を隠そうぼくは、日本社会党が存在していたとき、選挙ではいつも同党の候補者に1票を投じていた。その理由は、左右対立の激しかった冷戦時代、どちらかと言えば社会主義的な考え方をしていたこともある。

因みに、社会主義とは、スーパー大辞林によると、「資本主義の生み出す経済的・社会的諸矛盾を、私有財産制度の廃止、生産手段および財産の共有・共同管理、計画的な生産と平等な分配によって解消し、平等で調和のとれた社会を実現しようとする思想および運動」とある。

この定義で前提となっている「資本主義の生み出す経済的・社会的諸矛盾」が皆無だとする人は現在でもいないだろうし、むしろ諸矛盾が急速に増大している、と考える人も多いだろう。また、結論である「平等で調和のとれた社会を実現」することに異議を唱える人も少ないのではないだろうか。要は、それを実現するための手段の部分「私有財産制度の廃止、生産手段および財産の共有・共同管理、計画的な生産と平等な分配」で留保せざるを得ないのだろう。

……と、まあここまでは議論の前段である。ぼくがいつも社会党に1票を投じていたいちばん大きい理由は、かの党の非武装中立論への肩入れだった。最近悲しいのは、非武装中立を言い出した途端、「フン」と鼻先でせせら笑う自称リアリスト(現実主義者)たちが増えたばかりではなく、フツーの市民の大多数が彼らの似非リアリズムに説得されているように見えることである。

もちろん、「非武装中立」の反対概念は「武装同盟」である。この国は憲法では前者のコンセプトを標榜しているが、現実には日米安全保障条約によって後者のコンセプトで立国している。

では、世界史の中で今まで「非武装中立」を実現した例はあるのだろうか?スイスは永世中立国としてつとに有名だが、武装国家であり、若者たちには兵役の義務を課しているし、コスタリカは非武装国家ではあるが、1948年に米国主導で成立した米州相互援助条約(リオ条約)に加盟しており、集団安全保障体制に組み込まれている。また、麻薬取締協定によって、アメリカと共同で取締りを行っており、米軍のコスタリカ領への寄港と領土使用を容認しているという。つまり、コスタリカ領の一部が事実上軍事基地化しているとも言えるわけで、軍隊は廃止しても、国防は集団安全保障体制と米軍によって担保されている。つまり、非武装中立とは言いがたいのである。

さてわが国だが、日米安保体制は軍事同盟なので、同盟国であるアメリカへの攻撃を日本への攻撃と見なして反撃する権利「集団的自衛権」が問題となる。双務性を考えるなら当然、米国が攻撃された場合、日本は参戦しなければならないが、平和憲法があるため、歯止めが掛かっている。しかし、憲法を改定して"まともな軍隊"を保有し、給油だけでなく"米国の戦争"に直接参加したい勢力も増えているようだ。

で、非武装中立論である。これを口の端に上らせた途端、中国の軍事大国化と北朝鮮の核武装を論拠に、その"ナンセンス"をわめき立てる輩がなんと多いことか。しかし最近、中国とアメリカはG2化が急速に進んでおり、"戦略的パートナーシップ"とまで言い合っている。喉から手が出るほど中国市場を必要としている米国資本と、開発のために米国資本が必要な中国が喧嘩するはずがない。また、北朝鮮が中国とアメリカの意向を無視して日本を核攻撃すれば、たちまち自国が滅亡の急坂を転げ落ちることは充分承知しているはずだから、そんな自殺行為に走るわけがない。

政治的な解決を軍事的な強制力に求めることは、軍事的優位性に活路を求めることに他ならないから、いつまで経っても軍拡競争は止まらない。だから、どんどん軍艦や戦闘機、爆弾が急進化、効率化され、その破壊力は未曾有のものとなっている。だからこそ、所有していても使えないから平和のために有効だ、というのが抑止論である。…がしかし、この論の陥穽は、一旦使用されたら人類が滅亡する、という万が一の可能性を絶対に払拭できないことである。

つまり、できるだけ早く軍拡競争の際限のなさに気づき、そんなことに貴重な資源や資金、人命を費やすのではなく、貧困や病苦の撲滅、福祉の充実のために使うほうが結果として無益な戦争を無くすことになる……と覚醒し、その道を実際に歩み始める勇気を持つところが最終的な勝利を収めることになるだろう。それができるのは、基本コンセプトとして非武装中立を掲げる憲法を持つ日本社会しかないのである。


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★【2】オバチャマは市民ライター (38)       ☆★彡
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        ■ 脳死と臓器移植とアンパンマン ■

                                      オバチャマ

脳死を死とする臓器移植法はあっけなく改正された。当事者である国民の声聞かない性急な結論だったと思う。脳死と臓器移植を考えて、すぐに浮かんだ疑問。脳死したAさんと身体を破損したBさん。Aさんの体にBさんの脳を移植するのか、Bさんの脳にAさんの身体全部を移植するのか。術後のこの人はAさん?それともBさん? 脳の持ち主のBさんかな。

頭の移植が毎週行われているのがアンパンマン。それなら、今放映されているあのアンパンマンは前のアンパンマンとは違うのか。正義の味方はすぐ悪にやられる。すると、ジャムおじさんが焼き立てのアンパンマンの頭をもってきて豪快に投げつけ、取り替えるとアンパンマンはすぐに復活する。作者のやなせたかし氏はどう考えているのだろう。脳に人格があるとは考えていないのだろうか。アンパンマンを分析考察している面白いブログ「アンパンマンほど哲学的なアニメはない」から引用
http://d.hatena.ne.jp/daen0_0/20080717/1216228401

「ふつう私たちは人間の本質は脳であり、脳内の精神活動こそが生命であると考えています。しかしアンパンマンはそんな脳をそっくり取り替えてしまうのです。アイデンティティはどうなるんでしょうか。・・・生命の本質は物質ではなく、同じ物質の状態を再構成しようとする流れである、という寓意を導くことができます。私たちは日々異物を食べ、消化し、排出しています。その過程で古くなった細胞は廃棄され、次々と新しい細胞に入れ替わっています。おそらく生まれた直後と今の自分では、身体を構成する分子がほとんど入れ替わっているでしょう。アイデンティティは物質ではない、それゆえに身体は取替え可能なのだ、というメッセージを視覚的に表現したのが、あのアンパンマン顔とっかえシーンだったのです。」

脳死と臓器移植の是非を問うまえに、熟考し議論しなければならなかったのは、人間とは?人間のアイデンティティとは?だったと思う。身体のあちこちを移植していくことが可能になった場合、他人の部位で構成されているひとは一体誰かということよね。

臓器移植は進んでいる。ねずみに人の細胞を移植し培養。生きたねずみの背中に人間の耳が生えている映像がある。
http://www.youtube.com/watch?v=PEc7QXAjsL4 
実用化すれば、胎児に(自分)の細胞を培養して、自分の悪くなった部位を移植できるようになるそうだ。培養された自分の部位なら、免疫不全もなくなんの問題もないから、自分の悪くなった部位をどんどん取り替えていけば不老不死も夢じゃないとか。

新生児にヒヒの心臓を移植したとか、異種間臓器移植の研究が進んでいる。「人間の遺伝子を豚の精子に組み込み、人間の遺伝子が働いている臓器を持った豚をつくることにイタリア・ミラノ大学などのグループが成功し21日、米科学アカデミー紀要に発表した。」2002/10/22 【共同通信】」など。

究極の不老不死。これを是とするのか。逃げないで未来をしっかり考えていかなければね。幸か不幸か、大変な世の中になったものだ。オバチャマついていけるかなあ。


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■【3】みどりを友だちに! (4) ☆彡
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                ◆ 菊、あれこれ ◆
                                     かざりえみこ

道ばたの忘れられたような花壇にも小菊が咲きみだれる季節となりました。小春日和の中、いい香りがただよいます。葉一枚も大切な大輪の菊も、葉のやけた「のら菊」も見て楽しいのは同じ。食用菊もおいしい。この季節、いちばん好きな花はやっぱり菊ですね。

かつては、枚方の菊人形展、大阪城、長居公演、万博公園内日本庭園、名古屋城、それから……と、年に一つは菊花展を見に歩きました。また、山形や秋田から「モッテノホカ」、「アボウキュウ」という食用菊が届き、例年、目に舌に至福の時を過ごした季節なのに、今年はどこにも出かけず、食用菊も天候不順による不作で大阪に送るほどもないからゴメンね、と言ってくる始末。デパ地下でも売られているけど恐ろしく高いので買いません。

菊好き、花好きの私は、テレビでも雑誌でも、芸能界、スポーツ界、当選祝いなどの花束に注目しますが、いつも不思議に思うのは、ガーデンマム、ポットマムと菊をもてはやすのに、なぜ華やかな場には菊がないのでしょう? さらに菊は松や南天とならんでお正月などのめでたい生け花には欠かせません。色鮮やかな振り袖、おちついた訪問着や帯にも、菊の模様はさまざまに描かれて、結婚式、成人式、お茶の会、パーティといっそう気品と華やぎを添えてくれるのに、なぜお祝いの花束には入れないのでしょうね? 余暇はパソコン、デジカメ、IT三昧のような時代が到来して以来、盆栽や菊作りがとくに定年退職後の趣味からは落ちてしまったようです。代わって若い人たちに「マム」と呼ばれる菊が、ガーデニングでは重宝されているとか。グリーンやパープルのスプレー咲き……。ナンノコッチャ!? の方は、街のフラワーショップを覗きましょう。

百人一首にある、平安前期三十六歌仙のひとり凡河内躬恒(おおしこうちのみつね)の、
    心あてに折らばや折らむ初霜の置き惑わせる白菊の花
と初めて出合った子どもの頃。この季節になれば必ずこの一首が浮かびます。躬恒さんも菊が好きだったのね、と心の中で語りかけて。時代がずっと下って、夏目漱石が友人の葬儀で詠んだ俳句です。
    あるだけの菊投げ入れよ棺の中
これは、そっと入れよ、とか、添えておく、では漱石の悲しさとバランスがとれない。棺に菊をぶちまけたい思い。他の花ではない菊だけ。すごい嘆きが伝わります。(私も菊だけと願いたい……)ところで、皇室のご紋章は菊。皇室とはなんの関わりもないけど菊の紋という家もあるようです。好きな花、取ったもの勝ち、かな? 菊にまつわる思いや願い、詩歌、民俗について、調べるほどにその数の多いことには驚きます。中国では3000年、日本に来て1300〜1400年。人と菊の付き合いがどれだけ長いかということがわかりますね。


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■【4】自分史「大阪ベイエリア」(12) 大正区編
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                   〜 包丁 〜
                                         トミ〜さん

58年間の人生、いろいろなことがあった。自分が仕事に打ち込めて楽しかった時代が給食会社で過ごした2年間である。17歳から19歳の青春の真っただ中を真剣に夢に向かい生き抜いた。給食会社の「丁稚奉公」時代は、苦労を苦労と思わない時代であった。

給食会社の午後は翌日料理の仕込みから始まる。魚や野菜など、料理の材料が本社仕入部から保冷車で届く。仕込みが済めば給食会社の1日は終わる。たいていは早く終わり、先輩の職人たちは酒屋の立呑みなどで時間をつぶす。祭りや身近な出来事、何かに"こじつけ"呑んだ。私もよく連れて行かれた。未成年であるがそんなことはお構いなしである。私の呑み癖はここから始まったに違いない。

仕込みには包丁を使う。料理をめざす者にとって包丁さばきは基本である。魚は出刃包丁、肉は肉切り包丁、野菜は野菜包丁などを使う。職人の中には自分専用の包丁を持っている人が多い。どの包丁もピカピカに研がれている。包丁は料理人の命である。私は店にある包丁を使う。上達の秘訣は数をこなすことである。先輩に教わり、同じことを何回も繰り返す。料理によって切り方が違う。魚をぶつ切りにするのか、二枚に下すのか三枚に下ろすのか、調理法で変わってくる。千食以上の仕込みをわずかな人数で賄うため給食会社ではスピードが要求される。

機械で皮をむかれたジャガイモの芽取り、玉ねぎの皮むき、魚類の解凍、エビの皮むき、フライのパン粉付けなどが丁稚の仕事である。包丁の使い方は不思議なもので、見様見まね練習を積めばできるものである。今でも野菜の千切りや魚の三枚下ろしはできると思うが……。それにしても指の生傷は絶えなかった。左手人差し指の第2関節付近には今もかすかであるが傷跡がある。

当時のビルは建て替えられ昔の面影はない。社名も変更されている。しかし、私には生涯忘れることのできない一番大切な場所である。この時代がなければ今の自分はない。大好きな街「大阪ベイエリア」。


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■【5】チョットかがく(12)         ☆彡
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               ■ ゴミの分別収集(1) ■
                                          OHE

わが堺市では、この10月からゴミ収集の分別方式が大きく変わった。「循環型社会構築に向け、ゴミを資源として再利用」することを目的にしているらしい。今までも、燃やすゴミとしての生活ゴミ、資源ゴミとしての缶・びん、それに有料収集の粗大ゴミと分けらていた。今回の改訂で、資源ゴミにさらにPETボトル、プラスチック製容器包装、小型金属が加えられた。

私はこれまで粗大ゴミ以外のゴミには無頓着であった。半ば主夫化している今、家の仕事に煩雑なゴミ処理が加わり、その結果としてゴミの種類やゴミの行き先が気になりだした。特にプラスチック製容器包装ゴミが不可解であり、よくわからなかった。実際、小さな飴の包装を含め、包装容器につけられたリサイクルマークを見極め、生活ゴミと分けなければならず、汚れのあるものについては洗わなければならない。それらのゴミは今まで、生活ゴミとして、無洗浄で一括して捨てており、ゴミ仕分けが家事の中で大きな部分を占めるようになった。

市民の負担増によるゴミ分別収集がゴミの資源化として有効であれば、この程度の負担には答ええなければない。しかし、市の広報には分別作業については詳しい説明があるが、分別されたゴミの行方についてはほとんど情報がなく、ゴミの分別収集についての疑問がだんだん膨らんできた。

これまでも分別していた、生活ゴミおよび缶・びんについてはそれほど難しくはない。生活ゴミは残飯・料理くず・木くず・紙くずなどの資源ゴミでない雑多な"燃える?"ゴミで、そのまま焼却により減量化し、最終的には埋め立てられる。缶とびんはまとめて収集されるが、分別工場で鉄・アルミ・ガラスに分けられる。これは比較的簡単な装置で効率よく分別できる。それぞれ破砕して、鉄やアルミあるいはガラス原料としてマテリアルリサイクルされる。いずれのリサイクル率も80%程度と高いが、これは分別再資源化が技術的に容易であることを証明している。

PETボトルのリサイクル率も70%と高く、プラスチックゴミの中では例外的にマテリアルリサイクルされている。PETボトルはすべてがポリエチレンテレフタレートだけで出来ており、ほぼ純粋な状態で収集できる。PETボトルにはポリエチレンでできたフタおよびポリスチレンのラベルがついているが、それらは取り外すことがルールになっている。しかし、再生したポリエチレンテレフタレートからPETボトルに回るのは一部で、多くは繊維製品やシートに加工される。リサイクル工程でプラスチックが劣化し、よいPETボトルが作れないらしい。

カップ、袋、フィルム、トレイ、包み紙などのプラスチック製容器包装ゴミの場合、鉄やアルミあるいはPETボトルで進められているマテリアルリサイクルは困難である。プラスチック製容器包装に使われているプラスチックはポリプロピレン、ポリエチレン、ポリスチレン等、種類が極めて多岐にわたっている。使用用途にマッチしたプラスチックが包装や容器の材料として用いられている。

いずれのプラスチックも炭素と水素からできているのは同じであるが、化学物質としては別のものである。いくつかの化学物質が混ざったゴミからマテリアルリサイクルはできない。マテリアルリサイクルをするためには、化学物質ごとに完全な分別をしなくてはならない。しかし、この場合には機械を用いても、あるいは人手によっても分別はきわめて難しい。

プラスチック製容器包装ゴミは植木鉢や道路標識などにリサイクルされていると思いがちであるが、その多くは製鉄所でリサイクルされている。石炭の代わりに1%程度であるが、コークス炉や高炉で鉄製造の原料として用いられる。この場合、異なるプラスチックが混ざっていても問題にはならない。コークス炉では、プラスチックゴミはコークス、コークス炉ガス、炭化水素油(タール)に変換され、それらは原料や燃料として利用される。この場合はプラスチックは違った化学物質へ変換されるのでケミカルリサイクルである。高炉ではコークスの一部代替えとして還元剤として使われている。
                                  (続く)


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■【6】福祉教育語りの会 ☆彡

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           ◆ 風を切って走る! ◆

                            大阪市福祉教育語りの会*
                                   鈴木昭二(全盲)

30数年ぶりに自転車に乗って風を切って走った。(失明以来自分でペダルを漕ぎ自転車を動かしたことはなかった)坂道ではペダルを思い切り踏み込んだ。タンデム自転車の後部座席に乗ってペダルを漕いだのである。久しぶりに味わう充実感。数年前まで家にあった「エアロバイク」とはぜんぜん違う爽快感。自分のペダルにかけた分だけ自転車は前に進む。コーナーでは前に乗っているパイロットの体重移動に合わせて左右に重心を移動する。これは【自転車文化タウン作りの会】のイベントでのことだ。

昨年から自転車寺子屋の定例会に参加している。初めての参加では視覚障害者数名が参加。その場では、多くの視覚障害者から自転車に対する苦情や希望がたくさん訴えられた。そのなかには自転車に乗ってみたい。風を切って走りたいなど希望もあった。そこで、事務局を担当しているFさんがインターネットからタンデム自転車を置いて試乗させてくれる所を探し、兵庫県の「ささぶねクラブ」で試乗するところまでこぎつけてくれた。

日本では、原則タンデム自転車は禁止。ところが、県の条例で長野県と兵庫県は知事の許可があり、走行できる。兵庫県の許可された経緯をお聞きすると、兵庫県の視覚障害者団体が武庫川の河川敷で試乗会を何度も行い、安全性と利便性などを訴え認められたという。

だが、よく調べてみると、タンデム自転車でも後輪が二本あれば、今でも公道を走行できる規則になっている。自転車文化タウン作りの会では、時々パン屋めぐり・渡し舟ツアーなどの市内ツーリングツアーを行っている。私も後輪二輪のタンデム自転車なら皆とツーリングを楽しめる。ただし、後輪二輪のタンデムは少々価格が高いのが悩みである。

自転車文化タウン作りの会の目的は、環境に負荷を少なくする生活を目指している。「西淀川排ガスぜんそく」の訴訟で和解した、お金の一部で設立された西淀川区に拠点を置くあおぞら財団は、環境問題を主な目的として活動している。

当初は私も、自転車文化タウン作りの会は、視覚障害者が自転車に対する意見を聞いてくれるだけの場なんだと認識していた。だが、タンデム自転車で居住の近辺を走行でき、運動不足の解消にもなるんだとすると、一気に大阪でも兵庫県同様、知事の決断をしていただきたく、活動している。


*《福祉教育語りの会とは》

障害者が、小・中学校及び高校などあらゆる場所で、受障の体験を話したり、どのようにして再出発したかを《語る》ことは、「子供たちに障害の理解と《生きる力》と《思いやる心》」を育てるきっかけになると考えています。社会にはいろいろな人がいて、それぞれの存在を認め合って生きていることを知るきっかけにしてほしいと願っています。このような「思い」から「福祉教育語りの会」は設立されました。


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◇                          彡彡☆★彡
◆【7】爺婆(MTFトランスジェンダー)のつぶやき (2)
◇                             ☆彡 ★彡
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                                       有明弥

関西レインボーパレードは、今年も開催されました。今回私はその実行委員の一人として参加しました。半年準備して、この日を迎えることができました。準備している期間中私には色んなトラブルやら喜びがあり、本当に充実した日々でした。

パレー当日は派手な衣装を着て電車で現地に向うことにしましたが、さすがに一人ではとても行く勇気がなく、友達に同行を頼んでいました。そこに東京のゲイの友達から急にパレードに行けることになったので泊めてほしいと連絡があり、当日その二人と共に電車に乗りました。今年の私の衣装は、ウエディングドレスの上に着物と派手派手。さすがに久しぶりに目線を感じましたが、乗り合わせた人の中には、声をかけてくれる人もいました。私は「あれ?何かが進んでいる。社会が動いている」と感じることができました。トランスジェンダーに対しての見方は、マスコミでの性同一性障害などに関する報道も多くなり、多少の理解が進んだと考えられます。これはいいことだと思いながらも、私としては自分を性同一性障害と言いたくなく、まだまだと複雑な思いでした。

また、私自身が以前とは違う思いで行動していることに気づきました。ある乗客の人が話かけてきた時に、私は真っ直ぐにその人を見て、今日のパレードのことを言いました。自分の生き方に自信を持てたのだと思います。パレードの時は、歩きながら沿道からの気になる目線を度々感じました。「本当は私もパレードに参加したい」という当事者の目線でした。一方、パレードに参加していても自分がしっかりしていないと、パレードって面白くないと感じる人もいます。特に若いセクシャルマイノリティーの中には、自信が持てないとか、自分が分からない人たちが沢山います。社会は少し動いているかもしれませんが、それでもまだまだ自分らしく生きていくことの難しさを痛感しました。

どんな時でも自分に自信がもてないと、自分を開くことができません。そして、そのことがすべてを面白くなくしてしまう気がします。自分を開くことができると、楽しいことばかりだけではなく、辛いことや寂しいことなど色々な感情も湧いてきます。自分らしく生きている人は、沢山の思いを持って生きているのだと思います。私は、マイノリティーでよかったと思えるようになりました。少しでも自分らしく生きている人に近づけそうな気がするからです。

4年間かかって、やっと少しは自分を開いてきている感じがしています。ですので、若者達に言いたいのです。「焦らずに今自分がどこにいて何がしたいのか、そして何ができるのか感じましょう。もし何がしたいのか今わからないのなら、どこにいたいのかだけでも心を開くことから初めてみましょう」と。

そんなことを言いながらも、私自身大きな問題を抱えていて、実際のところはなかなか解決のための行動へと進みません。親や兄弟に対してのカミングアウトをどうするのかという問題です。焦らないことは大切ですが、自分らしく生きるためには、誰に対してでも今の私を認めてほしいと思っています。いつかは解決しなといけないと思いながらも、しばらくこのまま悩んでいくことになりそうです。


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■【8】からだを散歩すると (9) ☆彡
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                   ■ 腹 ■
                                     竹藪 耶桁

あの人は腹が据わっている、腹が太いと言われる人ほど
あの人は腹黒い、とは陰口にも言われたくない、と思っているそうです。
 
腹を抱えて、腹の皮がよじれるまで笑うのは科学的にも
健康にいいといいますね。
ちっぽけな悩みなんか吹っ飛ぶ。

この不景気で忘年会は自腹を切るんやて。腹いせに・・・。
こんなせりふを聞くと、せこい根性ね、と思います。
腹を割って話しあえば? それくらい腹づもりしといて、と。
腹いっぱい食べたければ、自腹くらい切らないと。

腹の皮が突っ張れば、目の皮たるむとはよく言いました。
おやすみなさい・・・。              


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■【9】 詩        ☆彡     ★彡            
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                ランボオの壺
                                      井上達也

ひっそりと澱む冬、泡立つ夏、口を広く開け放つおまえは女神だ、母神だ。
――さわやかな飲み物を作り、食卓を潤すおまえ――四季を通していつでもおまえは魅力的で、計り知れない喜びをもたらしてくれる。――俺たちは、いらだち、飽き飽きすると、嵐の過ぎるのを待ち、再び陶酔の時間を待つ。未来や力の到来を待つ。それはおまえの才能のことだ。
 おまえこそが天才であり、万象の上に立つ愛そのものである。おまえが世界の規範。把えきれるものではなく、思いも及ばない智慧をもたらしてくれる。おまえは永遠でもある。誰も手のつけられない高い性能を持つ存在。おまえのあまりの深い寛大なふるまいに、つねづね、畏怖している。
おまえこそ俺たちの健康のみなもと。俺たちの小さな力、狭い情念を無限の高さで見守るのだ。
 おまえは歴史を歩む。醸造の時間を歩む。もし、おまえの力を忘れたとしたら……。
忘却という暗い地下から存在証明のごとく地鳴りし始めるのだ。
「おまえたちは契約を忘れ、腐食の道を進め。生活の穢れたものめら」
 おまえはどこにも行きはしない。天上から降臨することもない。じっとひとところにある。人妻の苦労に報い、男に安らぎを与える。それで充分ではない
か。おまえの愛。
 
 おまえの口、底、腹部。その完全なフォーム。神の姿。
 おまえの肌、おまえの体温。誰にでも広げる懐。
 おまえの放つ光。おまえの見てきた物語。その苦渋。輝く時と倦怠。
 おまえは音楽。沈黙の中に奏でる撥音の連弾。
 おまえの資質。縄文人の手から継がれてきたもの。
 おまえと俺たち、うたかたのような無数の友情よりも遙かに深い絆なのだ。 世界よ、おまえと俺たちを覆う世界よ、歓喜の歌を澄んだ声で歌ってくれ。 睥睨する世界の下、おまえは俺たちのすべてを知っている。俺たちはおまえの多くのことを知っている。もっと知ろうではないか。先祖から子孫へ一系の醸し出す天と地のカオスのことを。新春の新鮮だがあわだたしい原風景。灼熱に蒸される地下倉の真夏。さびれて共食いの始まる晩秋の荒野。水気はことごとく凍みて、あるものはひび割れ、あるものはひからびて死への解体の始まる厳冬。
 なすすべもなく立ちつくす女、家に近寄らない男、それらのくたびれながらなおも祈念する心が、おまえを頼り、おまえにひれ伏し、おまえの前に生贄を投げ出す。六感総動員して感じよ。おまえの鼓動を、おまえの呼吸を、おまえの光沢を、おまえの力を。おまえを見尽くし、おまえのいっさいの質量を受け入れるのだ。


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★【10】 編集後記                     ★☆★
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今夏、岡山の精神病診療所が舞台になったドキュメンタリー映画「精神」が話題になり、私も七芸で観た。そして、フランスの精神病の施設が舞台になっている「すべての些細な事柄」を最近DVDを借りて観た。「些細な事柄」では、体を斜めにしないと歩けない人がいたり、他の人と交われないでいる人も映し出されるが、それでも病んでいるのは私たちなのか、患者なのか本当に考えさせられる。患者の1人が最後に言う「ボクを病気にしたのは、あなたがた一般社会だ。ボクは社会を許さない。そしてボクが回復したのも社会のおかげだ」。考えさせられてしまう  (スー)
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