イラクボディカウント(死亡者集計)プロジェクトについて
原題 The IRAQ BODY COUNT Project
http://www.iraqbodycount.net/background.htm

 イラクボディカウント(死亡者集計)プロジェクトは、2003年の米国とその同盟国の軍事行動の直接的な結果としてイラク国内で死亡したとメディアに報道された市民の数を、独立的かつ総合的な公共データベースとして作成することを目的とする人間の安全保障プロジェクトです。現在の占領段階では、このデータベースは、ジュネーブ条約とハーグ協定に基づいて占領軍当局側が命を守る責務を負っているとされるすべての死者を含んでいます。こうした犠牲者には、法律と治安の崩壊の結果として発生した民間人の死と不適な医療行為や不衛生に起因する死が含まれています。集計結果と総数は、継続的に更新され、このページと、どのウエブページでも自由に表示可能な色々なIBC(イラクボディカウント)カウンタ上で直ちに報告されます。そこでは、集計結果と総数は別段の操作をしなくても自動的に更新されます。犠牲者の数は、オンラインのメディアによる報道を広範囲に調査し、その調査のみから導き出されたものです。こうした情報源が報じる犠牲者の数が異なる場合は、その範囲(最小と最大)が示されます。全ての集計結果は、イラクボディカウントプロジェクトの少なくとも3人のメンバーが自主的に見直し、間違いをチェックした後に公表されます。

 このプロジェクトは、2001年から現在までアフガニスタンに関わる戦争での民間人の死者についてもっとも広範な一覧表を作成してきたマーク・ヘロルド教授の先行する努力を出発点とし、かつ、それを土台にして進められており、その方法は、ヘロルド教授と綿密に協議して考案されました。

 ヘロルド教授は、次のようにコメントしています:「わたしは、この自発的なプロジェクトを強く支持します。犠牲となった市民の数を集計することは、少なくとも2つの理由から、ますます重要になってきています。その理由のひとつは、軍の情報筋とこうした情報筋を支持している大手のメディア各社が、精密誘導兵器の出現によって偶然に犠牲となる市民の数を最小限に抑えられることを証明したがっていますが、これは真実ではないからです。もうひとつの理由は、こうした近代的「戦争」に反対する大きな力の源は、結局のところ、たとえほとんどの組織やいわゆる『専門家』が背を向けてしまっても、戦争の国際的人道主義の盟約を守り続ける、情報を知らされ、はっきりと発言できる一般大衆であるからです」。


イラクボディカウントを行う理由:
原題 Rationale:
http://www.iraqbodycount.net/background.htm

 戦争や内戦といった不幸な出来事は、数え切れないほど多くの人々の生存と尊厳を脅かします。こうした紛争の犠牲者は、ほぼ全員とは言わないまでも、本質的に普通の人たちである市民なのです。市民が犠牲になることは、全ての戦争がもたらす結果の中で最も受け入れがたいものです。一人ひとりの市民の死は、悲劇であり、決して、国家が戦争の目的を達成するための「対価」と見なされるべきではありません。なぜなら、その対価を支払うのはわたしたちではないからです。アフガニスタンに対して米国が行った戦争で犠牲となった人たちの4人にひとりは市民でした。ユーゴスラビアでは、さらに高い割合で市民が犠牲になりました。わたしたちは、こうした一人ひとりの市民の死を記録し、公表し、その死に値する重みを与え、可能な場合には調査を行って刑事訴訟の根拠となるものがないかどうかを確かめることが道徳的かつ人道的な義務であると確信しています。

 従来、軍事的脅威は、「国家の安全保障」、すなわち国家とその国境、国民、公共機関、価値基準を外国の攻撃から守るという面において検討されてきました。各国は、国を守るために強力な軍事システムを築き上げました。国民の安全は、国家が差し伸べる保護によって保証されると考えられていました。しかし、近年の歴史を見ると、「国民の保護者」としての国家が往々にして、有害とは言わないまでも、無益な役割を果たすようになってきたことがわかります。市民の死とその原因を記録し、調査することに、国家は大きな関心を示さなかったのです。戦勝国側の政府には、もちろん、軍事作戦の実行時にこうしたことを行おうという気持ちはほとんどありません。「近代的」な戦争行為の支持者もまた、こうした兵器が「ハイテク兵器」あるいは「精密誘導兵器」だという主張をもてはやしています。市民の死は、こうした主張が偽りであることを示しています。最近の例から、どんな空中発射兵器でも市民が犠牲になるのを避けることはできないことが実証されています。

 国連事務総長は、国際社会に対して、こうした問題に対処するために人間中心の新しい方法を推進するよう呼びかけました。こうした活動の一環として、人間の安全保障委員会(CHS)は、2001年6月にニューヨークで初めての会議を開き、2001年12月には東京で第2回会議を開催しました。イラク死亡者集計プロジェクトは、この人間安全保障という議題に直接応えるものです。

 イラク死亡者集計プロジェクトの目的は、2003年にイラクで行われた米国主導の戦争で犠牲になった市民の数の信頼できる最新の記録を提供することによって、戦争における人間的局面に対する一般大衆の理解と関与と支持を促すことにあります。「記録すること」という義務は、特に、こうした犠牲者の死を招いた軍隊が自国の軍隊である国の普通の市民に重く課せられます。現在の難局においては、主に米国および英国の市民が、この責任を担わなければなりません。

 たとえ軍事攻撃が市民の死や傷害の直接の原因ではなくても、戦争が一般市民に多くの悲惨な結果をもたらすことは誰もが認めるところです。一般市民が長期にわたって傷害や病気に苦しめられる場合もあります(放射能、紛争終結後に不発弾に触れること、有毒物質の飛散による汚染などのため)。国連の推定によると、イラク戦争のために飢餓に苦しみ、家を無くす人の数は数百万人に上ることが示唆されます。イラクにおける米国主導の戦争が人間的な面でもたらす結果に関する国連の報告が広くリークされましたが、それによると、この紛争による難民の数は200万人に上ると推定されています(2003年1月28日グリニッジ標準時07:38 BBCニュース )。深い精神的トラウマや流産、肉親の死、秩序の崩壊、家や財産を失うといった苦しみをこうむることもありえます。国内のインフラの破壊は、何世代にも及ぶ影響を及ぼしかねません。こうした要因がさらに多くの市民の死をもたらすことは疑問の余地がありません。しかし、このような影響を与えた責任を記録し、責任の所在を明らかにするためには、長期にわたる「現場」の情報資源が必要です。軍事攻撃が直接の原因となって市民が死傷した場合には、その場所と時間とを特定することができ、その責任は紛れもなくこうした市民を死傷させた兵器にあると正確に指摘することができます。

 このプロジェクトの目的は、戦争がもたらすさまざまな結果の中で、重要かつ不変のひとつの指標、すなわち犠牲となった罪のない人たちの数をひたすら本質的に実時間ベースで記録することにあります。こうした罪のない犠牲者の数の全容が明らかになるのは、仮に明らかになったとしても、しばしば戦争終結後かなりの時間がたってからです。その理由のひとつは、犠牲者はあるところでは一人もしくは二人、別のところでは数十人といったように市民が死亡した事件の報告が異なる情報源に散在し、時間がたたないと広まらないからです。そして、大きく報道されることが確実なのは、大事件(何百人もの女性と子供と高齢者が焼き殺されたアルアマリヤー防空壕に対する攻撃など)だけです。しかし、犠牲者の数がそれほど多くなくても、合計するとすぐに膨大な数になるのです。しかも、イラクに対する猛攻撃でいかに多くの市民が犠牲になっても、この殺戮に税金という形で金を支払っている人たちが、こうした犠牲者の数を明らかにするはずはありません。イラク死亡者集計プロジェクトは、このように暴力の犠牲になったにもかかわらずあまりにも容易に見過ごされてしまう人たちにささげるものであり、わたしたちは、こうした犠牲者も追悼するべきであると固く心に決めているのです。


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